CompetitiveからCompetentへ
竹中平蔵と田原総一郎の対談が書籍として発行された(「ズバリ!先読み日本経済」2008年10月アスコム刊)。小泉・竹中による構造改革が格差拡大などと批判されており、来るべき総選挙の争点にもなるだろうが、その改革の是非を検証し、さらに日本経済を活性化する処方箋を田原氏が竹中氏に問う内容となっている。
そのうち処方箋について竹中氏が語った中にイノベーションの観点から興味深い見方があった。技術進歩について、氏は従来「フォークリフトの技術進歩」だったのが、今は「マイクの技術進歩」になって来ているという。フォークリフトというのは東大の先生が使っても、一般人が使っても同じように便利で効果がある。米を炊くための電気釜もそうだという。
ところがマイクの技術進歩というのは歌の上手い人が使う場合と、下手な人が使うのとでは大きな差が出てしまう。パソコンも私のようにメールやインターネットくらいしか使わない人間にとってと、もっと高度な使い方をするエンジニアやクリエーターにとってとでは技術進歩の意味合いというか効果が大きく違ってくる。
いわばデジタル型の技術進歩というのは、そういう「マイクの技術進歩」になるのだそうだ。つまり使い方、ひいては使う人の能力や技が非常に重要なポイントになるということである。技を磨くためには教育が必要で、Competitiveになることから、Competentになることに教育の目的も変えていく必要があるという。
Competitiveとはパソコンの使い方でいえば、WORDやExcelといったソフトウエアを如何に早く、うまく使いこなすかという競争力であるが、Competentというのは、それらのソフトの本質をよく理解した上でソフトの技術進歩にも十分対応していける応用力を含んだ競争力を言おうとしているようだ。デジタルな技術進歩では、あらゆることが起こりうるのであり、何が起こっても対応できる能力を養うような努力が必要ということである。
もうひとつイノベーションの観点から面白かったのはMining Minersという言葉である。Minerというのはアメリカ西部のゴールドラッシュの時代に金鉱を掘り当てようとした人たちを指すが、それをMining(掘り起こす)というのは、世の中の大きな動向の関連需要を見つけようということらしい。実際にゴールドラッシュの時に金のナゲットを入れるために頑丈なポケットを備えたジーンズで大当たりしたのがLevi Strauss& Co.(リーバイス)だったことは有名な逸話だと思う。
竹中氏いわくグローバリゼーションは少子高齢化していく日本の唯一最大のチャンスであり、ドメスティックで資本力やブランド力の小さい中小企業にも、いろいろなチャンスがあるはずとのことである。本書では、日本という国が官僚機構をはじめとして既得権益で固まって変わろうという意思を失った中年期症候群に侵されていることが縷々述べられている。イノベーションの重要性はますます増していくことだろう。
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