「大暴落1929」ジョン・K・ガルブレイス
邦訳の前書きによれば、本書が書かれたのは1997年のことのようである。アメリカ経済はIT革命による生産性の向上と言われる現象を背景に90年代の繁栄を謳歌していたが、ガルブレイスは「現在のアメリカ人が本書に書かれているような投機熱にとりつかれていることは、無責任な楽観論にとらわれていない人の目には、火を見るより明らかなはずだ」と警鐘を鳴らしている。
90年代の好況時には、アメリカ経済は景気循環のない新たな段階に進化したなどという議論さえ出てきたが、その後、ITバブルは萎むに至った。90年代はITのお陰かどうかは別として労働生産性は向上したのかも知れない。しかしながら、同時に一般の労働者の平均賃金、給与は低下したのではなかろうか。労働生産性は向上したが労働分配率は低下したのではなかろうか。
いずれにせよ、共産圏の自由主義経済化と、それに伴うアメリカへの覇権集中=一極化によって、世界経済のドルへの依存、アメリカ市場への依存が高まった。ITバブルの萎んだ後も金融派生商品による信用創造などでカネ余りは更に続いた。しかしながら「この現象は何度となく繰り返されてきた」とガルブレイスが書いているように、カネ余りによる好況も、サブプライムローンの焦げ付きに端を発して、クレジット・デフォルト・スワップで火種が拡大しかねない金融危機に転じたわけである。
「大暴落1929」には、かの大恐慌にまつわる様々なエピソードが綴られている。あの時代には、企業の水平的な統合を目指したM&Aが一種のブームになったことや、会社型投資信託という投機商品が登場したことによって株式市場が活況を呈していたという背景があった。個々のエピソードから浮かび上がって来ることは、こうしたブームを経験すると人々は著しく楽観的になり、ひと儲けできると考えることである。それはバブルが突然、はじけてしまうまで増幅していくもののようである。
「金利や信用供給よりもはるかに重要な役割を果たしたのは、時代の空気である。大規模な投機が展開されるためには、普通の人でも金持ちになれるのだという楽観的で揺るぎない自信が行き渡っていなければならない」とガルブレイスは述べている。かつ、「ブームというものは必ず終わるのであって、わからないのは、いつまで続くかということだけである」。
現今の金融危機は各国政府が市場に政策的に介入するという意思を表明したことによって、一定の落ち着きを見せているようである。更に酷いことが起こりうるかも知れないが、この連休までの間には、とりあえず本当に危機的なことは起こっていない。しかしながら、投機の暴落と不況とはまた別のことである。金融機関の信用供与縮小や、心理的な要因による消費の冷え込みによって、実体経済が悪化することは避けられないであろう。
1929年の証券市場大暴落に続いて起こったことは長年に渡る大不況であった。その原因はガルブレイスが本書を書いた時点でも「いまだにはっきりしていない」とされている。当時は現在のような経済統計が不十分であったことから、今後もはっきりしないのかも知れない。フリードマンもマネタリストの立場から大恐慌の原因を分析していたと思うが経済学者のコンセンサスとはなっているのかどうか知見がない。
はっきりしたことは言えないながらもガルブレイスは、大暴落の後に続いた大恐慌について、経済活動が下降局面に転じた理由と、不況がその後十年に渡って続いた理由とを分けて考えたほうが良いとして、なぜ経済が減速したかについては在庫投資が過大になったと推定されること、実体経済面での需要が消費よりも設備投資に依存していたと推定されることなどを紹介している。いわば実体経済には大暴落に至る前から減速の兆候があったということであろう。
不況がどうして長く続いたかについては、当時のアメリカ経済の構造的な要因を紹介している。所得分配が偏った経済で一部の富裕層の消費に依存していたこと、事業会社から持ち株会社への配当を優先せざるを得ない企業構造が設備投資を控えさせデフレ・スパイラルを加速したこと、経営基盤の脆弱な銀行が連鎖的に破綻したことなどを挙げている。
そうした要因は現在の危機的な局面に共通することも、しないこともあるだろう。ただ、2008年の年初に言われていたことであるが、米国の景気が減速しても中国などの新興経済大国の成長によって世界経済全体では好況が続くだろうとした「デカップリング論」は、どうやら当てはまらないように見える。気をつけないといけないことは「金融上の判断と政治上の配慮は逆方向に働く」ため、「事態が悪化していると知りながら」人は「状況は基本的に健全である」という言葉を口にするのだとのガルブレイスの指摘である。
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